2011/10/14

砂漠を抜けて


生まれて初めての砂漠では、散々な目にあったけど
それよりも得た物に感謝しよう。

今となっては、あの軒下の猫になったような時間も
いい思い出だ。

悪夢の1日から一晩明け、これからは砂漠地帯を抜け出し
アトランティックの海へ向けてひたすら走るのみ。

途中でラクダを連れた親子に会う。

私達の車を見るなり「水をくれ~」と、ダッシュで駆け寄ってきた。

満タンにしてあった2リットルの水のボトルを差し出すと
一瞬で飲み干していた。

このあたり、20年ほど前までは川もあって湖もあったそうだ。

だけど、遠く300キロ離れたワルザザードという都市が
完全に水を引いてしまったため、今では干上がった大地が
残るにみになっていた。

水がなくなったせいで、砂漠の遊牧民も激減してしまったという話を聞いた。

その中でも、まだまだこうやって暮らしている人たちがいる。

何時間もかけて、どこかにまだ残っている泉に水を汲みに行くんだろう。





この後であった男も、水くれダッシュで駆け寄ってきた。

砂漠でほんとに必要なのは、飴でもペンでもお金でもなく水だった。

私は分けられるだけの水と食料を袋に詰めて渡してあげた。




それからしばらくの間は、きっと何千年も変わっていないであろう、
古の大地をどこまでもどこまでも走り続けた。

大西洋に抜けられるアスファルトの道に辿りつき、砂漠とお別れ、

さらにしばらく走って、最初に見つけた宿泊施設に飛び込む。

フランス人が経営するその宿は、ロケーションといい食事といい
もう最高だった。

居心地がよくて明瞭会計で清潔で、冷えたビールがあって
ジャグジー付きのプールがあって、しょっぱくないお湯が出る
シャワーがあって・・・・

こんなの当たり前のことだけど、こういう旅をしていると、
それはもう7つも8つも星をつけてあげたいぐらい
ありがたい存在なのだ。

だけど、これもストイックな日々があってこそ感謝できること。

だから、こういう日はトコトン贅沢をするのだ。

・・・・と言っても、缶ビールを5本開けただけだけど。。。

贅沢だよ、これでも。

こんなことだけで癒される私って、ちょっと幸せなんじゃないかと
思った。

さて、この1泊で大分生まれ変わった感じになり、海に向けて出発だ!

途中で街らしきところを通りかかると、沢山の人が通りに
出てきている。

しかも、みんな心なしか、いい服を着ているような気がする。

おじさんもたちは真っ白いジュラバや真っ青のサハラのジュラバに身を包み、
黄色いバブーシュを履いている。

ラマダンが終わったのだ。

どこの通りも活気であふれていた。

これがきっと普段のモロッコなんだろうな。

通りのカフェでは、またいつも通りおじさんたちの
おしゃべりタイムが繰り広げられていて、お母さん達も
宴の準備でもするのか、買い物袋を抱えて忙しそうだった。

私はみんなの笑顔を見て、とても清々しい気持ちになった。

ところが、途中で食材を買うために寄ったGuelmimという街では
子供達のたかりがハンパじゃなかった。
みんなきれいな服を着て、とてもじゃないけど貧しい子ども
だなんて思えない。
お金をあげないと最後には、後ろから林檎を投げられたり
車にくくりつけておいた水筒が盗まれたりした。

最悪だ。

こんなすばらしい日なのに、とっても残念な気分になった。

ラマダン明けに、子どもは小銭をねだっても良い習慣があると
後になって聞いたけど、そうだとしても腹が立つ。

気を取り直して一路大西洋へ。
この地平線の彼方まで!!!!




Tan tanという街に着き、ここで初めてパスポートチェックをされる。
このあたりは西サハラの住民と領地問題などでまだまだ問題があり
少しばかり危険なエリアだとも聞いていた。

パスポートチェックが終わり、そこからさらに20キロ走ると
ようやく海が見えてきた。




砂漠の暑さから一転、海沿いは肌寒いぐらいの気温になっていた。

海に沈む夕日。

日本が日出ずる処ならば、ここは日沈む処。

FAR WEST、極西だ。

まぁ、遠いところまで来ちゃったこと。

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