2013/08/27

ヤズドまでの数日


シラーズから出て走ること数時間。

街の雑踏とは大分対象的な「無」の大地を、ひたすらに走る。

途中現れた塩の湖。






 干上がった湖に恐る恐る車で進み入ってみるが、こんなところでハマってしまったら
遭難するぐらいの不毛の地なので、早々に引き上げる。

その後は久々の寝床探し。

けっこう苦労して見つけて、御飯も作ってくつろいでいたら、視界の上の方で何やら
カサカサと動く気配が。

鳥かと思ったら。。。。。。




 蛇だった!!!!


けっこう大きかったよ、コレ。

こんなモノが生存するくらいの野生の大地で、私らのうのうとラーメンをすすって
おりました。

怖いなー、移動したいなーと思ったんですが、疲れ果てていたので結局この場に
とどまることに。

蛇の存在を気にしなければ、最高の場所だった。


さてさて、私達の次なる行き先はというと、Kermanという砂漠の町。。。。。
だったのだけど、予定変更。

余裕を持って、ビザが切れる1週間ぐらい前にイランを出る感じで進んで行くという事以外は
あまり予定を立てていなかったので、かなりフレキシブルにイランの人々と時を過ごして
いたら、あまり時間がないことに気づいてしまった。

という事で、500キロぐらいの道のりとその町に滞在する期間をスキップして
私達はもう一つ別の砂漠の街、「Yazd」に行く事にした。


Yazdに到着する前日に寝床にした山中には、とてもキレイな雪解けの水が
小川になって流れていた。


今回の旅で数少ない川で炊事洗濯ショット。

イランでは人のお家でお世話になってばかりなので、こういう時間というのがあまりなかったなー。

 ということで、私にとっては貴重な1枚。

それにしても、標高が少し高かったせいか、ものすごく寒かった。
登って来るまでの道は、砂漠的な暑さでウダウダなっていたのに、この寒さ。
この山を下れば、また猛暑の世界。

そのギャップで具合が悪くなりそうになる。

こういう時はとっとと寝てしまおう。

完全に寝入って1時間ぐらい経った頃、遠くの方から車の音が聞こえ、来ないで下さいの
願いも虚しく、その車は私達の前で止まった。

マークスが外に出て対応している。

話している人は珍しい事に、英語が少し話せるマウンテンレンジャーで、この山で不正に
行われるハンティングを取り締まってるらしい。

そして、ここには泊まっちゃいけないから移動しなさいと言われてしまう。

そんなこと、これから出来るわけがないと半ば逆切れのマークス。

ああ、立ち入り禁止のところで勝手に寝てるのは私達なのに。。。。。(知らなかったんだけどね)

どうにかこうにか2人でお願いして、ここで寝る許可は得たものの、その代わりと言わんばかりに
車の中を、国境よりも厳しい目線で隅々までチェックされた。

猟銃でもさがしていたんでしょーね。

だから、持ってないってば!

翌日、ここに車を乗り入れたところの入り口に掲げてあった看板を発見。(先に見とけって)

立ち入り禁止的な意味だったんでしょうか?解読したい!

 せめて英語表記があったら・・・・・

なんて言うのも図々しい話だわね。

そんなこんなで久々アウトドアな日々を何日か過ごした後、ついにYazdに到着。

ここは、けっこう来るのを楽しみにしていたところなのだ。

2013/08/26

涙のお別れ


バス車内で結構ヘビーな話をし、夜のバザールから戻った腹ペコの私達の胃袋を満たしてく
れたのは、これまたイランのお袋の味、「ククー」という料理。


摩り下ろしたジャガイモに味をつけて、揚げ焼いたもの。
レモンではなく、シラーズ特産のオレンジ果汁を上から搾っていただきます。


最後の晩餐。

ガンバリ家のみなさんは、これといって特別なことはせず、いつもどおりの家族の一コマに
私達を加えてくれた。

そういうのがこの3日間とても嬉しくて、とても心が安らぐ滞在だった。

夕食後、みんなでくつろいでいるとレイラがまた翻訳機能を介してこんな言葉を打って
見せてきた。

「明日でお別れは寂しいけど、私達とたくさん楽しい時間を過ごしてくれてありがとう。
あなたも私達に何かを残して行きたいと言ってたけど、こうやって一緒に居られた時間が
何より宝物になったから、何もいらないからね」

レイラはニコニコ微笑んで、そう綴った。

私はもう涙をこらえるのに必死だった。

本当はもっと一緒に居たいよーと、レイラに抱きついて泣いてしまいたかった。

こういう旅をして、こういう出会いというのは今までホントに沢山あったんだけど、
ここまで気持ちが入ってしまうのは初めてのパターンで、メチャメチャ辛い別れになった。

気軽にまた会おうね!なんて言えない。
私がいつかまた来る事ができても、彼女達がドイツに来ることは金銭的にも不可能
だからだ。

暗黙の了解で、もう会うことはないだろうとお互い分かっている。

これが最初でこれが最後。

愛しい出会いと同時に存在した寂しい別れ。

とても気が重い夜を過ごした。


翌日、いつもどおりみんなで朝食をとり、家族の皆さんにお別れを告げ
レイラとナザニンは街まで送ってくれることになった。

街では両替をしたり、アイスを食べてブラブラしたり、明らかに別れの時間までの
時間稼ぎをしていた。

でも、もう行かなければいけない。

最後に、シラーズの思い出と言って2リットル分のローズウォーターをお土産に
持たせてくれて駐車場へと向かった。

私が駐車場の門番にお金を払い、車に戻るとレイラがマークスに抱きついてワンワン
泣いていた。

隣にいたナザニンも涙を流し肩を震わせていた。

それを見て私もこらえていたものが一気に噴出し、もう大泣き。

結婚してない男女が手をつなぐ事も憚られるこの国で、レイラは人目も省みず
男性の胸に顔を埋めているのだ。

マークスは彼女が泣き止むまで、優しく背中をさすってあげていた。

言葉はなくても、お互いどれだけを思いあっていたのかが、何よりも一瞬でわかる光景。

「あなたたちの事は一生忘れない!ホントにホントにありがとう。どうかお元気で。。。」

もう、涙と鼻水でグチャグチャになりながら、最後は無理やり笑顔を作った。
そして発車した車から、彼女達の姿が見えなくなるまで手を振った。

なんじゃこりゃーーーーー!!!!!

辛いぞ、辛すぎる。

たまたま出会って、4日一緒に過ごしただけではないか。
なんなんだ、この辛い感じは。。。  (書いていてまた泣いているという・・・・)

彼女達が私達に与えてくれた愛情や、また私が抱いた感情というのは筆舌しがたいものが
あるだが、私の方こそ、これは一生ものの出会いで、一生忘れられない思い出に
なったのだった。

シラーズの街を出てからは、泣き過ぎて胸が詰まってるし、
しばらく放心状態。

彼女達との愛しい時間を、思い出にして心に納めるまでちょっと時間がかかりました。

その後何日かはSMSでやり取りし、お互いの寂しさを綴りあったりしてましたが、
そうもクヨクヨしてられないので、新たな目的地、新たな出会いを楽しみにするほうへと
気持ちを切り替えた。

あー、それにしてもけっこう凹んだなー。

なんで今サヨナラを言わなきゃいけない??

久々にやるせない感情が溢れ出した。

だけどそれを乗り越えて私の中に残ったものは、別れの瞬間も含めて、心美しい人たちとの
楽しかった思い出ばかり。

そして、今もこう書いていて、いつかまた会いに行ってしまうような気がしている
自分がいたりします。

2013/08/21

シラーズ最終日と恋愛話

今回のイラン旅における重大なミッション。

それは、結婚指輪を買うこと。

しかも。。。。。友達の。。。。

こんな事頼む方も頼む方だし、軽く引き受けた私達もちょっと後悔し始めていた。

私とマーの結婚指輪は、マーがアルジェリアに行ったときにテュアレグという部族の
彫金師にお願いして作ってもらった。

その話を知っている彼らはイランのどこかでも作れると思ったんだろうか、それぞれの
指輪のサイズを私達に告げたあと、「後は君達のセンスを信頼して、任せた!」と
何の希望も言わぬまま、丸投げされたと言うわけだ。

まあ、給料の何ヶ月分とかはたいて結婚指輪を買うセンスもどうかと思うけど、そんな
一生モノとも言えるものを、人に任せるのもどうかと、後になってから思ったのだった。

そうは言っても買って帰らなければならない。

なのでレイラ姉さんの協力を得て、地元のシルバー職人のところに出向いて作ってもらう
ことにした。
バザール内の宝石セクション
しかし、1日で仕上がるものではない。

結局、イラン旅の終わりの方で訪ねる予定の、テヘランに住む知り合いの家に出来次第
郵送で送ってもらい、後日受け取った。

そしてその指輪は、先々週行われた彼らの結婚式にて、無事交換されたのでした。

シラーズ最終日。

バザールの買い物は、ボッタクリを心配した彼女たちの強力ガードの元、まず欲しい物が
あったら彼女達が店の人に値段を聞くなどして、徹底的に守ってくれた。

そんなこと心配しなくても、私的には良心的な商売人のほうがまだ多いと思うんだけど、
カーペットの一件で相当用心しているらしい。

まあ、おかげであらゆる物が安く買えたのでよかったけど。

こんなものも買いました。


シラーズの思い出。

ガンバリ家がペットとして飼っているヤマウズラの柄が入った織物。
これを見れば、いつだってレイラたちを思い出すことができるだろう。

50センチ四方のものが2枚繋がっているので、クッションでも作ろうと思う。


夜も更け、これから街が一番活気付いてくる時間帯に私達はバザールを後にして
バスに乗り込んだ。

バス停にはこんなものが。

仰るとおりでございます!!!


帰りのバスで隣りに座ったナザニン。

どういう気分だったのかは分からないが、何時になく真剣な顔で話し始めた。

「イランという国は、最悪よ・・・。
あなたたちはいいね、自由があって、どこでも好きな所に行けてさ。。。。」

あれれ?

今日の彼女どうしちゃったんだろう?

「イランでは、女性に自由はないわ。自由に恋もできない国なの。
男はただセックスのことしか考えてないし、1度体を許したら一生損するのは女なの。」

そんなことを、他の人が英語が分からないのをいいことに、赤裸々に話す彼女。

イランでもイスラム法に従って、結婚は男性の母親が妻となる女性を選ぶという
伝統が根強く残っているけど、若い世代の間では、婚前の交際も性交渉も影では
行われてる様子。

これバレたらかなりの重罪。

家族によっては一族の名を汚さないために、その行為に及んだ女性が名誉殺害の
対象になったりもする。

 それでも行為に及び、その後結婚に至らなかったカップルはどうなるかというと、ナザニン
曰く・・・・・

「処女膜を手術で再生するのよ。何もなかったかのように。。。。
私の周りにも何人かいるわ。だけど、ものすごくお金がかかるの。」

なんとまぁ、ショッキングな話だこと。

「あなたはどう思う?日本はどうなの?結婚する前にセックスする事ってそんなに
いけないことなの???」

ああ、赤裸々過ぎる。

彼女がどう反応するのか心配ではあったけど、私は私の思う所を正直に打ち明けた。

「あなたの国では、それは罪になるかもしれないけどね、日本では恋愛も自由だよ。
 婚前交渉がダメという人は、もちろん今でもいるけど、人を好きになってからだを求め合うのは
自然な成り行き。
 私はいけない事だとは思わない。」

24歳の女性との会話である。切なくなる。

そんなこと生まれてこの方聞かれたこともなかったので、とても困った。
いいんだよ、やっちゃってなんて軽々しく言えない。

大分遠まわしな言い方だけど、やんわり肯定するにはこういう表現しか思いつかなかった。

彼女は、私もそう思うとうんうん頷いた。

きっと今、恋焦がれる相手がいるんだろうな。。。


「ああ、どこか違う国に行って、自由になりたい。自由に恋愛したいなー」


来年には専攻している化学の勉強を終え、大学を卒業する彼女。
イラン人女性の大学までの進学率は軒並み高いのに対し、女性の社会進出が遅れている
この国で、就職先を見つけるのは困難極まりない。

せっかく勉強したのに、結局はその学問も生かせず好きでもない人と結婚して、子供を産んで
家庭内に留まるのがオチだと、自分の運命を嘆いていた。

自分の好きな人と思う存分恋愛をして、そして愛する人と結婚する。

そんな当たり前のことが、このイランという国では罪になることさえある。

 世界には自分では考えられない常識のもと、その国で生きている人がたくさんいる。

このイランの貞操観念もそういうものの一つだとしても、やりきれないものがある。

ナザニンが今イランで好きな人と手をつないで歩いたりすることはできなくても、もしかしたら
彼女の子供世代では当たり前になっているかもしれない。

かつて日本でもそうであったように、ありえない話では決してないはず。

そんなことを言って、この会話が終わる頃には家の近所のバス停に到着したのでした。

2013/08/15

シラーズでクッキング

ガンバリ家のペット、ヤマウズラ。停止時は片足で立つ不思議な鳥

シラーズ3日目。

あまりに居心地がいいので、もう1泊させてもらうことにした。

もう1泊だけと言うと、ナザニンはあと1週間ぐらい居るべきだとダダをこねだす。

「でもねー、先に行かなきゃ行けないんだよ。。。。。」

そう彼女を諭し、今日と明日は楽しく過ごそうという事になった。

でも事あるごとに「ずっとここに居てー」と悲しそうな顔をされ、けっこう辛くなる。

今まで色んな国を旅して、色んな人たちにお招きに預かり楽しい時間を共有してきたけど
今回はやけに、別れが辛い感じになってきた。

考えないようにしよう。。。。。


さてさて、この日もまた色々観光に連れ出そうとしてくれたんだけど、シラーズの観光には
あんまり興味がない私達は、家族と一緒に料理がしたいとリクエストした。

そこで張り切って良い返事をしてくれたのが料理長の次男。

こんなチャンスはめったにないでしょ!

この日作ったのはイラン北部の郷土料理だという「Baqlh Qatq」という、ソラマメと大量の
ディルを炒めて、卵で閉じるという料理。






見たことも食べた事もない組み合わせ!斬新だ。

女集団が台所でひしめき合ってるころ、マーとシェフは庭にあるガス代で30分ぐらいかけて
じっくーーーーりナスを炒めている。

そうして、作る料理がこちら




料理名はわかりませんが、作り方が気になるという方はこちらを参考に。

だいたいこんな感じで、あとは創造力を働かせて作ってみる。


ここに走り書きしてあるイランの料理サイトは、英語でもレシピが紹介されているので
けっこう使えます。


さてさて、みんなで作ったお昼御飯。

出来上がりはこちら!



このディルとソラマメは、美味しいけどまぁ普通。

問題はこのナスのペースト!
激ウマです。
トルコとかカスピ海を囲む国に、この手の食べ物ってよくありますが、
今回のイラン旅で一番美味しかった食べ物がこれでした。

今度再現して上手くできたら、レシピ載せます。

ああ、忘れぬうちに早く作らなければ。。。


シラーズに限らずだけど、このイランの旅では食べ物ネタが多いですね。

旅人情報では、イランの食べ物は不味いと良く聞くんだけど、それはバリエーションが
少ない外食の場合に多いのであって、家庭料理はほんとに色んな料理があって
面白い。

例えば日本でおふくろの味「肉じゃが」が、外食産業で発展しないように、家庭料理の域を
超えずにいるけど美味しい食べ物って世界中にいっぱいあると思うんです。

その国の真の食文化は家庭にあり。

そうは思いませぬか???

 続

2013/08/14

真夜中のピクニック

家にもどると、さっそくお昼ごはんの準備をしてくれているガンバリ一家。

ここの家の次男は、元々イランレストランの料理人。

昨日の夕食といい、家庭料理のレベルが高いのにも納得。

今日は彼が腕を振るって魚料理を作ってくれた。




マスのような魚を見事な手つきで捌き、フライ用に下ごしらえ。
スパイスが効いたものと素揚げのもの、2種類用意してくれた。



おなじみの超酸っぱいシラーズサラダと共にいただきまーす。

うんまーーーーーーー!!!

なんじゃこりゃー。
イランでこんなにおいしい魚料理が食べられると思ってなかった。
そりゃそうだ。
彼はプロの料理人だ。

主食のサフランライスには、じっくり揚げたフライドオニオンとレーズンがトッピングされてるんだけど
これもまた美味。

あー、いい家族にお招きに預かったわ!

食事のあとはもちろんみんな昼寝して、暑さが和らぐのを待った。

夕方出かける前に、レイラが突然こんなことをパソコンに打ち始めた。

英語で伝えるのが困難なときには、グーグルの翻訳機能を使って何か言ってくる彼女。

「あなたたちの国の文化に、こういう習慣があるのかわからないけど・・・・・」

と前置きした後で、私のうちで使ってるシラーズ産のラグマットを是非是非受け取ってと
欲しいと言ってきたのだ。

午前中、ナザニンとのカーペット屋でのやり取りを聞いたレイラは、お店でぼったくられて
買うぐらいだったら、自分の家で使っている物を思い出として持って帰ってもらおうと
思ったらしい。

なんかもう、いい人過ぎるにも程がある。

わたしはこの時点ですでに、泊めてくれている恩に加え、スカーフやらアクセサリーやら香水やら、 この家の人からいろんなものをもらっていた。

イランではこうやって思い出の品を交換することを「ヤリガリ」と言うらしく、(私達がそう解釈
しているだけだとおもうんだけど、大体そんな意味だと思う)そのラグマットもヤリガリだと言っていた。

その心遣い、それはそれは嬉しいですよ。

だけど、流石に気が引けてしまう。

なので、少しお金を払うと言った。するとレイラは

「今後もしまた、お金を払うとかいったらKill youだからね!!!」と、屈託のない笑顔で
首を切る仕草をした。

参りましたーーー

このレイラという女性は、私がこの旅で出会ったイラン人の女性の中でも、かなり
前衛的というか開放的な人で、家の中では家族以外の男性(例えばマークス)がいても
スカーフはつけないし、肌も露出する。

何かにつけてチャイを飲むこのイランで、朝にはエスプレッソを飲み、食後には絞りたての
冷たいレモネードを作ってくれる。

女性が軽視される保守的な国で、レイラはけっこう適当に、そしてある程度は自分の基準で
人生を楽しんでいる女性という印象。

振り返れば、この人との出会いがこの旅で一番の宝物になったと思う。




夕方になり、日差しが大分和らいできた頃合を見て、私達はピクニックに出かけた。

連れて行ってくれたのは、レイラが自分のお店の他に掛け持ちで働いている会社の
社長さん。

シラーズの郊外20kmのところに庭付きの別宅を持つこの社長。

公共の場でパーティーをしてはいけないイランでは、お金持ちは郊外に週末パーティー用の
別宅を購入し、壁に隔たれた敷地内に家族・親族が大集結して夜な夜なダンスパーティーが
行われているそうだ。

この別宅も、そういう別荘が軒を連ねるうちの一件で、隣の別荘ではすでに若者が
大音量で踊りまくる様子が伺えた。

ちなみにかける音楽はイランの音楽じゃなきゃいけない。イスラム音楽でもいいのかな??

マークスが育った東ドイツでも、社会主義時代には資本主義国の音楽は禁止されていて
例えば、公共のコンサートでビートルズの曲を演奏するもんなら、秘密警察に通報されて
しまうなんてこともあったそうだ。

そういう時代に少し生きていた彼は、このイランという国の政治体制に東ドイツと同じものを
見出しては、懐かしさやらやるせなさで複雑な気持ちになっていたに違いない。



夜10時過ぎになってやっと宴の準備・・・・


色々な果物の木に覆われた敷地のメイン通り


宴といっても、お酒がないイランでは、ノンアルコールのビールみたいなものと、
水タバコ(イランではゲリヤーンと言う)で楽しく歓談すると言う感じだ。

イランのノンアルコールビール。とても甘い。


社長もTシャツになって完全くつろぎモード。イランおなじみチキンケバブ。



ダンス用のパビリオンで、まったり宴の夕べ

昼間の暑さが嘘のように、夜は涼しく快適に過ごせるイラン。

夜にこそピクニックはするもんなんだな。

この日も深夜1時ごろまで延々とおしゃべりして、ようやくお開き。

彼女達はしきりに、今日ここに一緒に来られたことを喜び、楽しそうにしている私達を見て
幸せだと言っていた。

あー、本当に良い人たちだ。

この恩をどうやって返せばいいんだろう。。。。


2013/08/08

シラーズのバザールで 

シラーズ2日目。

ホテルのように気の利いた朝ごはんを庭先で頂く。

今日も猛暑。

昼間の街歩きは暑すぎて危険なので、午前中の涼しい時間に近くの庭園まで行く事になった。

この日の案内人は女子大生のナザニン。

さっそくタクシーに乗り込み、運転手に目的地を告げる。

街中を走ってる車は、多分7割ぐらいがタクシー。

そりゃ、ガソリンがリッターで7円ぐらいの国だもの。
インフレ、不況もなんのその。

庶民の足はバスよりは少し割高になるが、タクシーの人気は根強い。

イランのタクシーは相乗りシステム。
道端に突っ立ってればタクシーがよってきて、行き先がその時の客と同じ方向なら
拾って行く。

次々と人が乗っては降りてゆく。

会計は個別で、距離で値段を交渉する。乗った分だけ払えばいいのだ。

この日も、たぶん距離にしてバス停1個分。300mぐらの距離を相乗りしたギャルがいた。

歩きなさいよ、そのくらい。。。。

便利なシステムだけど、こんなにタクシーは要らないな。

タクシーの中ではナザニンが札束を握り締めている。

昨日待ち合わせの場所までわざわざタクシーで来てくれた彼女達。

その場でお金を払おうとしたけど、受け取ってくれなくて、ならば今日の足代は
私が出すと言ってみるが、そんなことしなくていいとまた断られる。

お家に招待してもらえるだけでもありがたいのに、この期に及んで交通費まで出そうとする
彼女。

どうしても受け取らないので、だったら日本のじゃんけんで勝負!
じゃんけんのやり方を教えてあげて、 買ったほうが払うというゲームを持ちかけて、
ようやく交渉に漕ぎ着ける。

じゃんけんは私が勝ちました。

タクシーを降りて、シラーズの観光スポットでもある、「何とか庭園」に向かう。
入り口に着き一目散でチケット売り場に駆け寄ったナザニン。
どうしてもお金を払いたいらしいのだ。

しかしイランのこういうところの入場料は、外国人なら数倍から数十倍払うのが普通で
それは流石に払わせられないよと説得し、お金を渡した。

ナザニンはそういうシステムがあることに驚いており、同時に怒っていた。
まぁ、お金を受け取ってくれてよかったけど。。。。




庭園は「ザ・楽園」といった感じで、キレイなバラや色とりどりの夏の花が咲乱れていた。

遠足や校外授業かなんかで来ている学生の団体も沢山見られ、ということは私が囲まれる
確率グンと上がるわけで。。。

ま、案の定写真撮られまくりました。

私を囲う気満々の小学生女子

庭園を散歩した後は、正午に指しかかろうとしているギラギラの太陽から逃げるようにして
バザールに向かう。

ひんやりして、古くて趣のあるバザール。



イランはペルシャカーペットはもちろん、キリムの産地としても有名な国である。

今回の旅でもカーペットかキリムは買うつもりでいたので、お買い物情報はちゃっかりと
調べてきた私。

そんな中で予習してあったギャッベというカーペット。

先日の山道ドライブでも見かけたカシュガイ族の人々が織っている、伝統のカーペットだ。

毛足が長くて、天然の染料で染め上げ、デザインがシンプルで独特なところが
私のツボを刺激した。


参考までに、これがギャッベ(画像はお借りしてます)

しかし、実物を見ると意外にぶ厚かったり、探している大きさの物だと構図ががらりと
違う雰囲気になっていたり、値段も結構するので、結局ギャッベは買わないことにする。

マークスがこの手のカーペットを全然気に入らなかったのも意外だった。

多分ここには観光客もいっぱい来るんだろう。
日本人旅行者も大きな物は買わないにしても、業者などは出入りしているはずだ。
そして万国共通。どこの国でも日本人観光客はカモ上客なのだ。

私が日本人だと言うと、店員がやる気モードになり色々なカーペットを広げだす。



そして店員に値段を聞くたび、ナザニンが不安な面持ちになる。

私的には、日本で売られてる値段と、後は交渉次第で下げられるであろう値段を見積もれば
こんなもんかなーぐらいの値段なんだけど、ナザニンにしてみたら相当法外な値段
なんだろう。

イラン人の平均月収は3万円と言われてるが、私と店員は8万円ぐらいのじゅうたんの
話をしているのだ。

ナザニンは居ても立ってもいられなくなり、仕事中のレイラ姉さんに電話をする。

レイラは、小さいながらも自分でスカーフ屋を営む商売人だ。

「こういうことは姉さんに任せておきなさい。じゅうたん探しは今夜私が付き添って、もう一度
バザールに行くから、今は絶対に買わせないように!」

そう指令を受け、散々広げてもらったギャッベやらキリムやらを尻目に店を後にした。

その後も日本人を追って付いてくる他のカーペット屋の人たち。
見るだけ見てみようと他の店にも入って見るが、そこまで心ときめくものがなく。。。。

カーペットやキリムというのは、沢山見過ぎると選べなくなる。
私の経験上迷えばドツボにはまり、結局何も買えなくなって後で後悔することが何度もあった。

この時にもすでに、他の街で買わなかった2枚のカーペットを思い出し相当悔しい思いをしていた。

イランで「コレ!」と直感で思うものに果たして出会えるのだろうか・・・・

そんな事を考えながらバザールを後にし、お昼ごはんを食べにお家へ向かった。

タクシー代は、ナザニン持ちで。。。

2013/08/07

ペルセポリスからシラーズへ



ペルセポリスとは、アケメネス朝ペルシア帝国の都。
建設に着手したのは紀元前520年前。

そんなこと言われても、なんのことだかさっぱり分からないのですが
その残骸が残る遺跡ということにしておきましょう。




この日も酷暑で、こんな暑い日に長袖、長ズボン、スカーフという服装は相当堪える。
ぺらぺらのキャミ1枚でも暑いくらいの日。
こんな広大な世界遺産を前に、見学する気が全くない私。

しかし、惰性で写真をとってみる。








私に遺跡を見る目がないことなど、生まれたときから分かりきっていることだが
それにしても、こうも興味がないものかと。

何千前から残っている壮大な建造物よりも、レリーフになってる人物のヒゲの丸さとかが
気になってしょうがない。

こういう所に連れてくるもんじゃないですね、私を。

でも、はっきりと分かって嬉しいのです。

自分は何が好きで、何が嫌いか。
何に感動して、何に幻滅するか。

頭で考えることじゃなくて、直感。
その場の鳥肌具合とか、涙腺潤み具合。

旅の毎日に身を置くと、そりゃあ色んな感が研ぎ澄まされてくる。

そういうのがたまらなくいい。

だから旅がしたくなると言ってもいいのかもしれない。




さて、猛暑の遺跡を後にし、セミロンのガンバリ一家の親戚が住むシラーズに向かう。

携帯からメッセージを送り、待ち合わせ場所に向かって待つこと30分。
ああ、どんな人が来るんだろう!ドキドキするー。

さっきの世界遺産のしらけモードから、一気にテンションが上がる。

夕方の帰宅ラッシュのカオスな車道の隙間を縫うように現れた2人の女性。

彼女達の手にはそれぞれ大きいリボンとメッセージがついた一輪のバラが握られていて、
白いバラをマークスに、赤いバラは私に渡してくれた。

なんというお出迎え!

優しく微笑むこの女性は、りんご畑で出会ったおじさんの娘ナザニン。
そして、おじさんの奥さんの妹のレイラ。

2人とも、日本人かと思うほど丁寧に挨拶をしたあと、タクシーに乗り込み
私達はそのタクシーを追って彼女達の住むお家へ向かった。

ここでも快く出迎えてくれた、シラーズのガンバリ一家。

家に着くなり、もう申し訳ないぐらいもてなされて、夜ご飯もみんなで美味しく頂き
キレイさっぱりお風呂に入って、久々の民家でくつろがせて頂いた。

レイラは36歳で独身。
歳も私と近いことからすっかり意気投合し、最初の夜からお互いが大好きになってしまった。

彼女はプライベートで英語を習っていたこともあり、簡単な会話なら英語でできるんだけど
ノートパソコンを肌身離さず持ち歩いて、分からないことはグーグルの翻訳機の
助けを借りながら、コミュニケーションを図った。

ナザニンは科学を専攻する大学生で、初見のときは髪をひっ詰めてきりっとした印象
だったんだけど、家に着くなり多分パチ物と思われるドラえもんのTシャツに着替えて登場し
そのギャップに思わず笑みがこぼれた。


暑くて長い1日が終わり、また今日もステキな人に出会えたことに感謝しつつ
眠りに着く。

明け方、今まで聴いたこともない轟音で目をさます。

「ごおおおおおおおおおお」

それと同時に、これまた今まで体験したことのない縦揺れの地震を経験することになる。

揺れの怖さというよりあの轟音、今でも思い返すと気味が悪い。

近所の家から子供が泣き叫ぶ声が聞こえる。

私は地震の国から来た人だからか、こういうのには慣れていてその後すぐに眠りに
落ちたが、近所の人々は家が崩れるのを恐れて庭や道路脇で寝る人が続出だったとか。

 シラーズ1日目。

なかなかトロピカルな夜。

イランの地震ってこんななんだねー。。。。

2013/08/06

シラーズに向かう道

険しい山道の日はまだ続く。。。。


標高3000mのところにも、突如として現れる遊牧民。


山に入りけっこう重要な仕事が水汲みだ。

私達の車には20リットルと10リットルのタンクを2個づつ、計60リットルの水が積んである。
これなら、万が一どこかで遭難した場合でも、なんとか持ちこたえられる。

砂漠などに入ったら、会う人に一番求められるのは水なので、人助けにもなる。

ということで、車中のスペースはけっこう取られるんだけど、常に水汲みだけは欠かせません。

この日も山の岩肌の間から流れる雪解けの美味しい水で全部のタンクを満タンにして
下山する。

下山してもまだまだ出会う遊牧民


 下山してしばらくすると、目的地の滝に到着。
目的地というより、地図にデカデカと星マークが打ってあったので、これはちょっと
行ってみようということになった。

滝であまりいい思いをしたことのない私は、期待半分で行ってみると。。。。







まぁまぁ、な感じでした。

この日は結構な猛暑の日で、こんな暑い日に滝の下に居ても水着になって修行風のことが
できないのが残念。

男性ですら短パン、ノースリーブは禁止の国。

滝の周りで「あっついねー」なんていいながら昼間から酒を飲み、酔っ払いがマッパで飛び込む
なんて光景は絶対に見られないイラン。

水しぶきや景色を楽しむ健全な人々が、とても清清しく見えました。

マイナスイオンで癒された私達。

その後、シラーズに向けての道中。

途中、山の麓に広がる田園風景に出会う。

ここはYASUJという所で、イラン屈指の米の産地なのでしょうか。

久しぶりに田んぼを見て、日本を思い出す。
棚田で郷愁にかられる自分は、やはり日本人だなー。

おかーーさーーーん。

 


 翌日も道中にあった「楽園」と名が付く森で森林浴。




 3、4日自然に癒されたあとは、いよいよシラーズへ。

シラーズと言えば、イランでも屈指の観光地。

何があるかは良く分からないが、その近くにある「ペルセポリス」という古代都市の
遺跡は有名で、遺跡にまったく興味のない私でも、せっかくだからそこは行ってみようと
いう事になった。

そしてそれより楽しみにしていたのが、先日セミロンでお世話になったおじさんの
親戚の家を訪ねること。

 今考えると、シラーズで過ごした時間が、この旅の中でもっとも濃い時間だったと思う。

楽しい日々の記録。

まだまだ続きます。。。。