2009/08/24

Kazahkstan Day 2

翌日、車の後部の荷物を全部どけて二人分の座席を無理やり作って、
250キロ離れた岩の山に向かう。
話を聞くと、さらにそこから50キロ離れたカナットの実家で一泊して
翌日帰るという、けっこう強行スケジュールだというので
断ろうと思ったけど、せっかくのお誘いだし滞在登録の面倒まで
見てくれるというので、断れなかった。
お金のことも結局聞くに聞けず、とりあえず出発した。

パヴロダールから、アスタナという街の方に100キロぐらい進み
そこからは、ステップの大地に入っていく。

何処までいっても、360度大地な風景。
道と言える道はほとんどなくタイヤの跡を追って走り続けた。
標識はもちろんないので、方向も私からしてみたら全然わからないん
だけど、さすがに土地の人。
遠くに見える山の形を見極めて方角が分かるらしく、目的地に向けどんどん進む。
4時間ぐらい走り続けて、やっと到着。
だけど暗くなってしまったのでそこからちょっと先の国立公園の中に
住んでいるカナットの友達のお家に向かう。
このお家でも、大きい丸座卓が運びこまれみんなで食事をした。


翌日、前の日には見えなかったんだけど、その家の周りの風景にとても驚いた。
ここは岩の山の中にある村だったのだ。
この岩山というのがうまく説明できないんだけど、とにかく
スターウォーズの映画の中にいるような感じ。
グランドキャニオンの小さい版みたいな。



国立公園を周ってるうちに大分時間がたってしまい
今日はもう帰れないねということになって、ここからまた50キロ離れた
カナットの実家に行く事になった。

この50キロで見かけた家、3件。
全ての家に立ち寄り、馬乳酒(クムス)を振舞われる。
クムスは、馬の乳を発酵させてそれを木の樽ごとスモークして
攪拌して作る、ちょっと酸味があってスモーキーで微炭酸なミルク。
聞こえはあまり良くないけど、これがけっこうおいしい。
春から夏の間だけの季節物で、こっちの人は日本で言う麦茶みたいな
感覚で何杯も一気に飲む。
美味しいけど、何杯も飲めるもんじゃない。
正直私は一杯で十分なんだけど、おもてなし的には、茶碗が空になれば
自動的に次のクムス注がれることになるのです。


                ≪クムスを攪拌している女の子≫

クムスでタプタプになったおなかを抱えて、カナットの実家に到着。
とりあえずお決まりで、歓迎の乾杯はクムスで。
そしてここでもまた、馬肉の洗礼。

カナットの実家では、彼の弟一家が、放牧をしながら暮らしていた。
100頭飼っている馬のうち、足が速くていい馬意外は食用として
育てている。
冬になったら1頭20万円ぐらいで売るらしい。


翌日、早く起きて今度は300キロの帰り道。
ステップを抜けて、国道に出るまでの250キロ。
4件の家があり、これも全て立ち寄った。

私は最初、この立ち寄った家々は全部アルマンかカナットの知り合いかと
思った。

しかしそうではなく、ただの通りすがりで、もちろん顔を合わせるのも初めて。

放牧をして暮らしている人たちは、広大な大地が必要で中には400頭の
馬を飼ってる家族もいた。
こういう人たちには、隣近所というものが存在しなく、殆ど孤立状態なので
通りかかった人が必ず様子見に伺うというのが習慣らしい。
そこで、なにか困ったことがあれば手伝ってあげたりする。
家や車の修理とか家畜の世話など。
そういう習慣があるので、通りすがりの人でも快く向かい入れてくれて
お茶やお菓子でもてなしてくれる。
あとクムスでも。

そして、この馬飼いや羊飼いの人たちが街に出向いたときに今度は
アルマンやカナットが彼らをもてなす番なのだ。
だから、必ず住所を残して去っていく。
いつ訪ねて来てもいいように。
そういう助け合いの習慣というのが、町の中でもステップの孤立した放牧民に
対しても、当たり前のように見られる。

私たちが彼らに出会って、ここに一緒に来ている理由もわかるわけだ。

お金がどうこうなんて、一瞬でも考えていた自分が急に情けなくなった。

逆にこちらからお金を払った方がいいのではないかと思うぐらい、
スバラシイ体験をさせてもらったけど、
そんな事を切り出す必要がないことは、彼らの人柄を見れば一目瞭然だった。

ロシアの隣国、元々はソ連の一部だったカザフスタン。
国民性が全く違うのも、イスラム教が根付く国だからなんでしょう。
今回出合った人も全員モスレムだった。
大地を敬い、自然を敬い、生まれた土地を敬い、人を敬い、食べ物を敬う。
一緒に行動していていろんな場面で、静かなモスレムの祈りを見た。

たった数百キロ、国境を一つ越えた所にすばらしい国がありました。
              
先祖の墓に祈ってる場面

中央アジアの旅の始まりがこんなで。

素晴らしすぎる出会いに感謝するとともに
車事件の傷も、すっかり癒えてしまったように思う今日この頃。


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