2011/11/03

旅の終わり

ナドールの港から船に乗り、 来た海をまた戻ること2日。

今回も予定より1日遅れでフランスに上陸。

久々のヨーロッパ。
我が家に段々と近づいて行く感じは、車旅ならではのお楽しみだ。
家に帰るのって、こんなに嬉しいことだったっけ??

グッバイ、モロッコ。
また来る・・・・・かな~???

モロッコは、観光開発されすぎていて、人も観光客ずれしている人が多いというのが
正直な感想。
そして、それでけっこう思い煩うことが多かった。

モロッコ人のメンタリティー+観光客と接触する頻度を考えると、こうなっても
当然なのかもしれない。
それでも、以前と比べ大分良くなって来たらしいけど。

日本からドイツの旅で通ってきた中央アジアもアゼルバイジャンとかトルコも
イスラム教徒の国だったけど、モロッコとは全然違った国だった。

私はあの旅で体験したような、手厚いホスピタリティーなどを通じて現地の人と
交わることを、とても楽しみにしていた。

私達が持っている「お金」ではなくて、ただ単純に「人間」として興味をもってくれる。
それを前提にもてなしてくれるのが、彼らだった。

今でも覚えているのは、一番最初にもてなしてくれたカザフスタンのファミリー。
イスラム圏の旅の初日に出会い、私はものすごい疑った記憶がある。

この人たち、あとから金をせびるのではないか??

結局はそんなことを思ってしまった自分を最高に恥じる結果となった訳だけど
それ以降、私はこういう出会いで構えたり疑ったりした事は1度もなかった。

心を開きっぱなしにしていても、傷つく心配がないと感じたからだ。

今考えると、奇跡のような日々だった。

しかし、モロッコでは常に構えておかなきゃならなかった。

人と接触したいのに、こういう意識が常に付きまとう。

「もしかしたら、この人は・・・・」

これはあまり面白いことではないし、すごく面倒くさかった。

もちろんいい人だって絶対いるけど、今回は運が悪かったんだろう。
イン・シャ・アッラー、すべては神の思し召し。そう思うことにしよう。

モスレマンホスピタリティー。
そんな事をいつも期待して旅に出るわけではないのだけど、
知らない土地の知らない誰かに会って、
その人の日常を少しでも垣間見ることができたら、
そんな旅は楽しいに決まってるじゃないか!と思っている。

だから、自由に身動きが出来る車の旅が好きなわけでね。

結局旅で自分を満たしてくれるのは、
どこで何食べたとか、どこのホテル泊まったとか、何を買ったとか、
そういうことではなくて、私の場合はホント「人」ありきだ。
(あ、でも「そういうこと」は全体の2割ぐらいは必要かも)

すばらしい数々の出会いは、私にとっては「癒し」であり同時に「刺激」でもある。
そしてその体験が、毎日を自分らしく生きるエネルギーにもなると思っている。

そう、だから旅をしたくなるのだ。このエネルギー補給のために。
思い出だけじゃ物足りないときに。

要求、何気に高いのです。
だって、お金で買えるものじゃないものね。

ということで、その点から考えると今回のモロッコ旅は完全充電にはならなかったかな。。。

それでも、素敵な出来事もあったけどね。

人にはあまり恵まれなかったけど、モロッコの大自然には100%大満足。
また一つ、地球のデカさをまじまじと体験出来た日々は、ホントにすばらしかった。
しばらくはそれで食いつないでいきます。

旅の締めくくりは、フランスに住む友人宅。
船が港に着いて8時間ぶっ通しで走って、ちょっとだけ遠回りして会いに行った。

彼らは2年前タジキスタンで会った、フランス×ドイツ人夫婦で
つい先月、1年半に渡る南米キャンピングカーの旅を終えたばっかりだった。

歳も60歳ちかくで、親の世代と変わらないけど、相変わらず面白い生き方を
している夫婦。
こういう再会もまた嬉しくて、刺激的だった。

家の近所に、ヨーロッパ最高峰のモンブランがあったりして
そんなこと知らなかった私達は、寄り道だけではもったいないということで
結局1泊して、山方面の観光に出かけたり、水曜日のマルシェに行って
やけにおいしそうなチーズとか買ったりして、久々のヨーロッパを満喫した。

         奥の雪かぶってる山がモンブラン

たった一日の間。
再会出来た事もそうだけど、いろんな事がぎゅっと詰まっていて
ホントに楽しい1日だった。

その先フランスからはただの帰り道。
スイスのジュネーブを抜けて、夜中まで走り続けドイツに入りオートバーンの駐車場で
車中泊する。

翌朝車の外に出たら、観光バスの中からぞろぞろと人が出て来た。

おばーちゃん達がタバコをスパスパ吸い出し、男達は朝の8時から持参したであろう
ビールをラッパのみしている。

若いお姉ちゃんは、半ケツかってぐらいのショートパンツを履いて、
白くて長い脚を惜しげもなく露出していた。

私はこの何気ない風景を見て「ドイツ万歳!!」と小声で叫んだ。
なにか、とっても熱いものがこみ上げてきた。
マークスは不思議そうな顔をしていた。

もう、このダメな感じ、ユルユルな感じがたまらなく懐かしくて、
そして愛しかった。

そうだ、ドイツってこういう所だった。

そして、やっと帰って来たんだ!

ヨーロッパ、やっぱ自由だ。

自由って、やっぱすばらしいや。

モロッコの旅★2011年 夏

おわり

★やっと終わった~。長々とお付き合い頂きありがとう!!★

2011/11/01

最後のモハメッド

モロッコ旅最終章。

フェズからナドール。
途中の原っぱで1泊し、最後どーしても寄らなきゃいけなかったモハメッド宅。

途中で電話しろと言われたので、何度か連絡したんだけど
そのたびに
「あのねぇ、ラシーダ金がなくてホントに困ってるからね」と言うモハメッド。

金額とか言わない。くれとも言わない。
だけどこれはもう立派な要求ですよね、おじさん。

そんなこともあって、行きたくないなーーー、という感じだったんだけど、何せ大量の
荷物が置いてあるので寄らないわけにはいかない。

結局、最初のホスピタリティーはお金目当てだった。
それは途中からもう分かっていたけど、そんな状況でまた同じ家を訪ねるのも
気持ちが悪いものだった。

久々のモハメッド宅。
笑顔で出迎えてくれたラシーダと息子のヨセフ。
家の中に入っていくと、英語がベラベラの超いかつい兄ちゃんがやってきた。

「あ、あのぉ、私達モハメッドの知り合いなんですが、預けた荷物を取りにきました。
明日の船で帰るので、今日は一晩泊まらせてもらえませんか??」

恐る恐るそう訪ねると

「あなた達のことは、父から聞いています。もちろん、泊まってっていいですよ。」

ああ良かった。。。。って、この人誰??

あ、そういえば、モハメッドには最初の結婚で出来た息子がオランダにいると
言っていたっけ。

その彼も、バカンスでファミリーと2週間過ごし、明日の飛行機でオランダに帰ると
言っていた。

思ったよりも気さくな兄ちゃん、だけど話し方がモハメッドそっくり。

「先週、カサブランカの旅行先で親に渡すためにもってきた5000ユーロが
丸々盗まれた。モロッコ人はホントに最悪だ。。。」

またか・・・

これは、遺伝なのか??
最後の最後でまた混乱しなきゃなんないのか???

「そういう話、ここでこの前モハメッドから何回も聞かされたんだけど・・・・」

私達が、モハメットがした数々の話をこの息子君に話すと

「いや、それは殆どウソでしょ。」

それがなんでウソなのかも、全部説明してれた。

彼によると父親は相当の「虚言癖」を持ち、さらにはドラッグの後遺症による
パラノイアで精神が崩壊していると言っていた。

彼自身、16年間もこの父親との関係を経っており、やっと決心がついて、ついに
再会を果たしたところだったのだ。

だけど、会いに来るなら金をもってこいと言われ、更には家族で旅行をした旅費を
全部払い、挙句に5000ユーロ盗まれたというから、私達なんかと比べ物にならない
くらいの、大大大災難だ。

みんなでお茶している最中に、フランスのモハメッドから電話がかかってきた。
マークスとの会話の途中で、彼はこう言った。

「そこに俺の息子がいるけど、そいつには気をつけな。危ないよ。
金をせびるかもしれないし、なにか盗まれるかもしれない!」

自分の息子を泥棒呼ばわりする親がどこにいる??
マークスが怒ったのも当然だ。そして隣に座っていた息子に

「今、お父さんがアンタの事泥棒だから気をつけろって言ってるんだけど
どうする、この人??」

ああ、言っちゃった。。。。。

息子は怒りで震えていた。電話をぶん取って

「今、なんて言った??俺は人のものを盗むような人間じゃない!
なんでそんな事言うんだよっ!!!」

本当にかわいそうだった。
半分なみだ目だった。

モハメッドは

「そんなこと言ってない!マークスがウソついてる」

と言って、電話を切ってしまった。


その後も、パニックになったモハメッドから何度も電話がかかって来て
意味不明のことを言っていたらしい。

私達はもう相手にしないことにした。

ばつが悪いラシーダは夕食が終わった後、とっとと寝室に行ってしまい
その後二度と会うことはなかった。

私達は夜遅くまで色んな話をして、翌朝一睡も出来なかったという息子を
空港まで車で送って行ってあげた。

彼はとても正直で、ほんとに心がきれいな人間だった。
全てはお母さんのおかげだと言っていた。

キックボクシングのチャンピオンになったこともあって、日本でも
戦ったことがあるらしい。
今は引退したけど、手に入れた賞金で会社を設立し、オランダで暮らしている。

モハメッドファミリーとは、残念な分かれ方だったけど
最後、この息子に会えてよかった。

ウソが確定したことで、すっきりしたこともそうだけど、この息子の正直さ
人間としての強さに、ちょっと頭が下がる思いだった。

「あれでも、俺の親父なんだ。恥ずかしい奴だけど、俺は親父を愛してるよ。」

・・・・それにしても、あんな嘘つきな人間を見ることは、後にも先にもないだろうと思った。

最初の一歩でモハメッドに会い、旅の〆もモハメッドにやられた。

そして最終日、完全にモヤモヤが晴れて、1ヶ月ちょっと旅したモロッコとおさらば
する時が来たのだ。

最終章、あともう1回で終わり。