2010/01/06

The way to Antakya 2

アンタクヤに向かう途中、山沿いに寝床を見つけてさっそく夕飯の支度に
取り掛かった。
日も暮れてほとんど真っ暗になったそのとき、「JANDARMA」といわれる
ブルーのベレー帽をかぶった軍人が車の中からぞろぞろと出てきた。
その数10人あまり。全員機関銃を持っている。
その中のボス風の人が何か言ってるけど、何せ言葉が通じないので
どうしていいか分からない。結局ボスが英語が話せる他の軍人に
電話をしてマーカスにかわると、即刻ここから退去しろとのことだった。
ただの山のふもとだったんだけど、ここはまだ東南部の地方の村で
PKKがどこかに潜んでいるかもしれないから危ないというのだ。
数年前にPKKによる外国人の拉致事件があったけど、それとは似ても
似つかないシチュエーションである。ここは村が近くにあるし、さっきから
通りかかる地元の人にもちゃんと挨拶してあるというのに、どうしても
移動しなくちゃならないらしい。
だけど、焚き火の上で炊いているピラフを途中で終わらせるわけには
いかず、移動はピラフ待ちとなった。軍人も焚き火をかこんで苦笑い。

ピラフが炊き上がったところで、言われた通りに退去する。
今から泊まるところをさがすのが難しいと伝えると、安全なところに
連れて行ってあげるから付いて来いと言われた。
到着したところが、街のど真ん中にある公園。昼間なら子供が砂場で
遊んでいそうな公園だ。
この地域は街のセンター以外に安全なところがないと言う。
だからって本当にど真ん中で、しかもそこでテントを広げて寝るなんて
無茶だ。目だってしょうがないしこっちのほうがよっぽど危ない。
それを伝えると、もう一箇所安全な場所へ連れて行くといわれ着いた
ところが住宅地のど真ん中にある空き地。
とにかくセンター以外はダメだと言う。多分また訪ねても同じような所に
連れて行かれるのは目に見えていたので、その場で軍人たちが去るのを
まって、私たちも移動することにした。
とはいっても、あたりはもう真っ暗でそう簡単に場所が見つけられるはずが
ない。違う山の方にいってもまた見回りがきて移動させられてしまうだろう。

結局通りかかった村の農家に車だけ停めさせくれと訪ねると、家の主人は
心よくOKしてくれた。
そして雨が少し降ってきていたので家の中で食事をさせてくれた。
突然の訪問者。言葉も通じない外国人がいきなり家にやってきて
さっき炊き上げたピラフをがっついているのを見て、目が点になっていた。
当たり前である。自分でもちょっとおかしいシチュエーションにプッとなった。

この家のおじさんは、2人の奥さんを持っていた。
第一婦人に二人、第二夫人にも二人の子供がいて、一人は障害を持っている子供
だった。そしてみんなで仲良く暮らしていた。
どうやったらこういう暮らしが成り立つのかさっぱり理解できなけど、やっぱり
これもイスラム国家ならではの暮らしなんでしょう。
婦人同士が支えあって家の仕事を分担していて、すごいなーと思った。

翌朝テントから出て家にいくと、第一婦人がパンを焼いていた。


トルコは良質な小麦の産地でもあり主食もパンだ。
バケットのようなものを良く食べているけど、「エキメキ」というナンのようなパンは
普通は家で焼くことが多い。
出来立ては格別で、これを婦人の手つくりバターとチーズと一緒に頂いたけど
絶品だった。


またまた勝手に押しかけてしまったけど、最後にお土産をどっさり持たせてくれて
このおうちを後にする。そしてまたいつでも戻っておいでとありがたいお言葉。
トルコもやっぱりホスピタリティーの国だった!

そして程なく目的地のアンタクヤに到着。
そこそこ大きな街だったのでネットの電波が簡単に拾え、久しぶりにメールのチェック
などをしていると、お金を下ろしに行っていたマーカスが3人のお友達を連れて戻ってきた。

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